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新宿美容室カット 田中聡のライブ斬り「闇に咲く花」(新宿サザンシアター)

 一昨年に亡くなった井上ひさしは1934年の11月17日生まれだから、今生きていれば77歳である。つまりは喜寿。それを記念すべく生前、2012年、要するに今年に、大掛かりなフェスティバルの開催を予定していたそうだ。井上本人も楽しみにしていたというこの企画を少し形を変え、「生誕77周年」ということで開催しているのが、「井上ひさし生誕77フェスティバル2012」である。
 年間を通じて行われるこのフェスティバルで上演される作品は8本。「十一ひきのネコ」「雪やこんこん」に続く3本目の上演作品が、この「闇に咲く花」(29日まで上演中)である。「きらめく星座」「雪やこんこん」と並んで「昭和庶民伝」三部作のひとつ、とされる作品だ。
 舞台は、戦後すぐの東京・神田。愛嬌稲荷神社。宮司の牛木公麿(辻萬長)は5人の戦争未亡人とともに闇物資の調達に明け暮れている。そこに戦死した、と思っていた長男・健太郎が帰ってくる。戦前、プロ野球選手だった健太郎は、すぐにとある球団の入団テストに合格。新しい生活に向けて順風満帆に思えたが、そこに一人の男が現れた。「健太郎にC級戦犯の疑いがある」というのだ。
 健太郎はグアム島に配属されていた時に、現地の青年とキャッチボールをしたのだが、青年が健太郎の球を取りきれず、脳震盪を起こしてしまっていた。この行為が「非人道的行為」と見なされてしまったのである。ショックで健太郎は記憶を失ってしまう……。
 さすが名ストーリテラー。ところどころにひねりを利かせたうまい作劇である。一幕目の中盤、戦争未亡人たちが次々とおみくじを引く。それがすべて大吉で、懸案事項が次々に解決していく。ついでに引いた公麿も大吉。で、健太郎が帰還するわけだ。ただし、その健太郎のくじだけが凶。大喜びする未亡人たちの姿を見せながら、さりげなく伏線を張る。
 帰ってきた健太郎は、時流に流されがちな公麿の神社運営方針に異議を挟む。
 「創始者もなければ経典もない。神道の基本は明るく浄い心を大切にすることだ。戦争に赴く人たちをあたかも『死んで来い』というように送り出し、戦死者の遺体収容所となり、そして今『神社庁』という組織のもとで『平和の太鼓』を打ち鳴らそうという。それが神社のやることなのか」
 この言葉で、芝居の構造が見えてくる。つまり、神道が象徴しているのは、日本人が長年かけて作り上げてきた「心」そのものなのである。神社の宮司である公麿は「心」を過去から現在、未来へとつないでいく日本人の象徴、そして公麿とともに決して明るいだけではない人生を陽気に生きる5人の女性たちは、たくましく命を未来へとつないでいく、「偉大なる母」たちなのである。
 つまりこの作品は、戦争という悲惨で過酷な歴史に、日本人がどう立ち向かうかを説いてみせた作品なのだ。終盤近く、記憶を取り戻した健太郎はいう。
 「ほんの少し前に起きたことをもう忘れてしまったのか。忘れたふりをするのは、もっと悪いことだ」
 そして、戦犯として裁かれにいくのである。
 「あの戦争」は何だったのか。われわれはそれをどうとらえて、どのように記憶していくべきなのか。井上ひさしは、70本に及ぶ戯曲の多くで、一貫してそれをわれわれに語りかけてきた。例えば「父と暮らせば」、例えば「紙屋町さくらホテル」。例えば新国立劇場に書き下した「夢」の三部作――。
「闇に咲く花」で描いたのは、「権力」や「時流」にのまれず、「現実」に目をそむけず「あのこと」を見つめなおすことの必要性だ。そして、それを誠実に実行してこそ、長い時間をかけて構築してきた日本人としての「心」が保たれる……。
 健太郎は結局、死刑に処された。悲しい現実、過酷な真実。われわれが生きる世界は「闇」なのかもしれない。だけど、それとちゃんと向き合ってこそ、清浄で明るい心という「花」が生まれる。この作品は、こういうことを言っているようにも思える。それは、「原発」だとか「長引く不況」だとか、違う「闇」に直面している現代のわれわれの心にも、直接的に響くものではないだろうか



4月25日(水)12:55 | トラックバック(0) | コメント(0) | 美容・コスメ | 管理

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